| 掛川城 2025年11月23日 | 二の丸御殿は徳川時代を偲ぶことができ、立派な建物でした。天守への階段は厳しかったですね。 |
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| 浜松城 2025年11月23日 | 徳川家康の像がこちらの全てを体現しているような印象を受けました。 夜のライトアップも綺麗でした。 スタンプは天守曲輪の中にあったので、営業時間外は押印不可でした。 |
| 松代城 2025年11月29日 | 松代といえば大本営の移転先、佐久間象山、お取引先で松代藩重役の子孫という人にお会いしたことがある位の印象でしたが、スタンプを集める目的で、というのが直接的な訪問動機でした。 しかし、行ってみて、海津城という名前は以前聞きましたが、線が繋がってませんでした。そしてここも真田さんでした。真田邸の職員の方と少しお話をする機会がありましたが、幕末から明治に移る中、この御殿は城の区画には含まれないとして、城の取り壊しから逃れ、現在までこの姿を残すことが出来ている等、地元の人達がこの場所を守ろうとした努力の一部を聞くことができました。更には宝物館には色々な関係展示があるとのお話を聞き、スタンプ以上にこの場所の歴史を脳に刻むことが出来たと思います。 城跡から北アルプスの山並みを眺めることができ、当時もこの景色を見ていたんだろうなと、勝手に思いを馳せさせていただきました。 |
| 上田城 2025年11月29日 | 上田城は3回目?不遜とは思いましたが、今回はスタンプをもらうだけに寄りました。北国街道沿いの宿場も今後訪ねてみたいと思います。 |
| 川越城 2025年12月7日 | 埼玉県出身でかつ岩槻の生まれなので、子供心に岩槻城に並び立つ(徳川政権においては権威的に上の)川越城というイメージはありましたが、現地に赴き、いわゆる城跡としてイメージした内容と違い、普通の御殿しか無かったということで、やや意外感はありましたが、隣の市立博物館と合わせて見学すると、当時の政庁としての機能や、川越一帯を統括した役割を知ることが出来、壮大な曲輪が残るわけではないものの、地名などで当時が偲ばれ、身近な川越でしたが、こうした背景もあっての川越だと認識を新たにしました。 |
| 鉢形城 2025年12月28日 | 以前、鉢形城歴史館や城跡の公園を見学済みなので、スタンプ得ることを主として訪問しましたが、当日は休業でした。スタンプは門前に置かれていたので目的は達成しました。 以前の感想ですが、年に一度くらいで行われる荒川河原を使用した鉢形城攻防戦のニュースを目にしていたので、ここね、という感じで赴いたのですが、想像以上に高台で、果たして打ち上げる矢が届いたのか?等余計なことを考えてしまいました。埼玉県出身者として一度は行きたかった場所(脇は何度も通っていますが…)。 |
| 忍城 2025年12月28日 | 今回はスタンプを目的に再訪しました。加えて行田郷土博物館も見たいと思ったのですが、残念ながら年末休業(約1ヶ月間の休館中)。スタンプは徒歩10分位の行田市観光物産館でいただくことが出来ました。その後、水城公園前の十万石でまんじゅうを買って帰宅。 我が地元の岩槻城と忍城は連携関係にあって、有事の際には犬が走って連絡係を務めたと聞いたことがありますが、博物館にはそうした古事の記録もあるのかな?と期待していたところですが未確認となりました。決して遠くはないのでいつか再訪したいです。 以前、子供が小さい時に訪問し、おもてなし隊の剣舞を楽しく見させていただきましたが、近くの丸墓山古墳の頂から、ここで石田三成が指揮して水責めしたんだなぁと忍城方面を眺めた時の記憶の方が、城跡記憶としてフィット感あるなと思っています。 |
| 杉山城 2025年12月28日 | 杉山城をこれまで意識したことは全くありませんでした。しかし、現地に赴き、こうした山城が残されていることに驚くとともに、当地を守ってこられた地元有志の方の努力に頭が下がりました。この辺りは比較的よくサイクリングで通るので、まさかこうした城郭があるとは想像していませんでしたが、他の100名城(続)もちゃんと見てみたいと本気に思った史跡となります。 すぐそばを鎌倉街道が通っており、当時の人流を監視しつつ、地域の統括をするという戦国期の山城の一つの役割を窺い知れる場所でした。 |
| 菅谷館 2025年12月28日 | 埼玉県出身なので畠山重忠という武将の名前は早々に習うのですが、彼がこの地を収めていたということとリンクしていませんでした。公園内まで散策はできませんでしたが、隣接する嵐山史跡の博物館を見学し、抜け漏れた知識を埋められたと思います(忘却するのも早そうですけど…)。スタンプは嵐山町役場で杉山城と一緒にいただいています。 |
| 八王子城 2026年1月10日 | 比較的近所でしたが、今回、初です。最初、1時間強で往復して、その後に滝山城まで行くつもりでしたが、たまたま詰め所にお一人いたガイドさんにガイドをお願いしました。その方が八王子城や滝山城への思入れが深いことはお話の端々から感じ、パンフレットのみでは到底知り得ないことに加え、案内書では読み飛ばしてしまいそうな内容も、しっかり背景含め解説いただきました。八王子城の位置付け等の知識面に加え、これまでの城跡巡りでは気づけなかった、そういうものだと見過ごしていたこと等、史跡というものを見る上での視点について学ぶことができ、得たものが多い見学となりました。 本題ですが、事前リサーチで登山靴を用意して行きましたが、高尾山の稲荷山コースを歩く程度の装備は必要でした。山城経験値がそもそも低いのですが、過去一で厳しい城跡巡り、普通のハイキングでした。山城たる所以も含め、当時守備する人々もさぞや大変だったんだろうと勝手に思い巡らせました。 時間の関係で滝山城は見ず(スタンプのみ)、帰宅しましたが。次回、滝山を見てから来たいと思います。 |
| 滝山城 2026年1月10日 | 八王子城から連投するつもりでいましたが、思った以上に八王子で時間を要したため、道の駅滝山でスタンプをもらっただけになりました。次回リベンジします。 |