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メンバー情報

ID11284
名前WAY
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登城記録

登城日順 城番号順
会津若松城
2021年11月3日
12
天守見えたが高石垣で阻まれ近づけぬ。本丸というものは寄せ付けないように築かれている。続櫓の走長屋、南走長屋、大手門(鉄門くろがねもん)干飯櫓と最強のZ字型防衛ライン。V字型「武者走り」も。
少年や薙刀持つ女性達も武者震い感じた難攻不落の城には「VZラインの法則」と名づけてみよう。
「司馬遼太郎文学碑」容保(かたもり)
についての碑。
石碑は浜田城にもあったような(浜田藩追懐碑、ここも激戦舞台)。
郡上八幡城では見かけなかったが美の山城と歴史紀行されていた。
会津藩は最高の傑作藩だと誉め称えている。(司馬遼太郎は来年2022年生誕100年)「竜馬がゆく」では坂本龍馬に生命を吹き込んだ。文化勲章も受賞、東大阪に司馬遼太郎記念館あり 勲章メダルの展示あれば拝見したい。凄い歴史小説家だと会津で知る。
小田原城
2021年8月29日
23神奈川
この朱色の橋は城巡りでよく見掛ける。魔除けと防腐の意味だろう。
北条氏の虎朱印「禄寿応穏」財産と生命がまさに穏やかであるように、また人々が平和で暮らすという願い込められている。 
北条氏五代 秀吉の攻め。
後任の家康家臣大久保氏も 引き続き 領民の平和な暮らしを望んだと思う。(大久保神社は明治まで現在の天守台の跡にあったそう。遷宮のおかげで天守再建)
御用米曲輪の三つ葉葵紋軒丸瓦も多数出土しているようだ。
和歌山城
2021年11月12日
第36回国民文化祭で訪れた。
まず 空襲にあわなかった徳川家建造「岡口門」くぐる。

天守内展示の羽織「三つ葉」葵紋刺繍 年月経ての美しさに魅了 手触りはどんなだろう。日本一の弓名手和佐大八郎,京都三十三間堂「通し矢」。

紀州材香る完成したばかりの「和歌山城ホール」(旧市民会館)ガラス越しから眺める天守にオーラあり。秋色に染められた城郭に時忘れる。

2023年1月9日 和歌山城ホールにて城郭考古学者千田嘉博氏の イギリスやドイツの城とも比較されての「未来の和歌山城」素晴らしい講演でした。
城内に大河ドラマ「どうする家康」(殿様は松本潤さん)のPRが見受けられなく お正月早々だからまだかな。
2024 9/5,堀の水位下げ、水面下の石垣調査で水没石垣の刻印続々発見,二の丸北辺櫓群の復元に繋ぎたい。
熊本城
2019年12月22日
92
宿の窓カーテン開ければライトアップで浮かび上がり 朝は朝食テーブルに城パネル。眠り目覚めても城。
阿蘇山バックに宇土櫓 小天守 大天守 本丸御殿大広間 飯田丸 田子櫓と錚々たる顔ぶれ。
せっかくだから 東海道五十三次模した「水前寺成趣園」にも。  
嫁は友達(元バスガイド)に教えてもらった駐車場近くのスーパーへからし蓮根買いに走る。私は隣接の「出水神社」御朱印頂戴に。
西南戦争で荒廃した城下町復興のため創建した藩祖祀る神社。細川家の家訓は記録残す事だとか 私も塗りつぶしで残そう。
金田城
2021年12月1日
186
スタンプ押印所で記入をすすめられた。対馬まで海越え波間(船)から空(飛行機)からやって来る。いったい何処からと思うだろう。スタンプ帳に聞いてくれ。
八代城
2021年11月19日
本丸跡東虎口(欄干橋)。
四層大天守台の石垣残る。
「月見櫓」があった。本城の熊本城は鉄壁の守備誇る難攻不落。ここは優雅な櫓存在。(表面は平和モードだが一国一城令後の築は、重要な役目あった。徳川幕府安泰)
細川三斎(忠興)には相応しい。その後は松井家が城預かりして明治維新迄。
松井文庫にあるという 松井康之宛の 徳川家康からの書状を八代で訪ねたい。(細川氏は京からやって来たがそのお供は松井家)。
ある寺で毘沙門天御朱印いただいた時耳にした。この寺で家康花押の「端午祝儀礼状の写し」が保存されていて 本物は松井文庫とか。書状拝見したい。